秋を彩る箱根大名行列!!
みなさま、こんにちは! 11月3日文化の日。箱根町挙げての大イベント!大名行列が行われました!! 「下にー、下にー」の掛け声とともにおよそ450名からなる大名行列が旧街道や温泉街を練り歩きます。当日は湯本周辺で交通規制が敷かれ、湯本周辺は活気が溢れてました!左:2008年ポスター 中:箱根の芸妓 右:箱根のきらり妓 三代将軍徳川家光が設けた参勤交代は財力消耗と謀反防止を目的とした制度でしたが、のちに諸国大名の権威と格式を誇示するものとして変化してゆきました。箱根の大名行列は小田原藩十一万三千石の格式にならって構成されています。まず先頭は日米友好の証、吹奏楽の音楽隊!
火縄銃の登場。実戦に近い2列で橋の上から撃ちます。実演は7箇所のみ!
指揮官の合図で「どーーん!!」 想像以上の音!!大砲のような衝撃でした。 大名行列の並びは先頭から「旗持」「指揮」「露払」「六尺」と決まっており、旗持の「下にー、下にー」の掛け声で歩いてゆきます。端に寄せられ、百姓のような気持ちになってみました(^-^)
赤い箱を持つのは「挟み箱」、掛け声で音頭をとっています。次は「毛槍」。テレビ時代劇で見る大名行列といえば「下にー、下にー」の掛け声で商人や百姓が道の端でひれ伏しているあの名場面!列を乱すものは子供でも「無礼者め!」と抜刀寸前、というシーンを思い出しませんか。
しかし実際には「下にー、下にー」の掛け声を使えるのは徳川御三家のみでした。他の大名たちは「よけろー、よけろー」という掛け声を使い、百姓などは道の端に避けるだけで良かったのだそうです。
↑「弓」と「前徒士」の次はいよいよ「大名駕篭」登場!観光客にサービス旺盛な大名行列なので近づくと「重くないから」と担がせてくれます。大名は乗っていませんよ~。
もともと城下町小田原は宿場町として大変に栄え、町の造りも宿場町特有の町割(まちわり)となっていました。規模は神奈川最大!本陣と脇本陣が4軒ずつあり東海道53宿では最多、東海道を行く旅人の利用した旅籠屋も100件を越える賑わいを見せていました。 ↓左: 奥女中、番傘 右:腰元
参勤交代で京都と江戸を往来する大名は経費節約のためにも1日で70キロの移動をすることもありました。しかし「難関の箱根越え」と「怖い関所」の存在により、必ず小田原では泊まったそうです。
大名の数と参勤交代の期間から小田原には平均で2~3日に1家、大名が宿泊していた計算になります!4000人の行列という記録もありますから宿場町は宿運営のプロ集団だったんでしょうね。
大名発見!大名は「小田原の市長さん」でした!手招きしてるのは「家老」後ろは「若党」です。・・・話しかけられてます。お恥ずかしい。「この刀持って、いっしょに写真撮る?」と、大変に気さくな大名です☆
滝通り温泉郷を降りていく大名行列を後ろから眺めてみました!このあともまだまだ複数の吹奏楽団や芸妓、踊り子が一緒に行列して湯本まで歩いていきます! 実際に見ると結構な迫力なんですよ。道も狭いので皆さん壁にくっついて見学です。ということは、ますますリアルな感じの大名行列だったわけですね! 紅葉と箱根の歴史に触れる大名行列を皆さんも是非一度、ご見学されてはいかがでしょうか☆ 小松 由美
2008年11月 5日 20:56
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